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圀弘日記


日々の生活つれづれなるままに
by kinkunihiro
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2019年6月17日  曾孫樹季ちゃん1歳誕生祝い   乙戸沼公園菖蒲(2017年5月28日)その26

6月16日のブログへのアクセスは148回でした



2019年6月17日  曾孫樹季ちゃん1歳誕生祝い   乙戸沼公園菖蒲(2017年5月28日)その26を更新いたします

兄 2006年11月5日 7年前に他界
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1945年6月13日の沖縄戦場からの記憶
米兵に誘われて2か所目の大きめの捕虜収容所一夜を明かし14日に移動がだ始まった。今度は3~4時間徒歩で歩き知念村垣花部落へ着く。県道から2mほど下がった屋敷で平屋のトタン屋根でした。他の部落の方々と30名で集団生活状況で最初は話題も少なかったが、皆と仲良く1か月余り寝食を営んだ。中には老人は少し英会話ができ子供たちに「サンキュー ギブミーキャンディー」などの会話を教えてくれた。南部では戦闘が続き砂利の県道を砂埃を上げて大型トラックの荷台に10~20名で武装した姿で通過するとき「子供たちは大声でギブミーキャンディー」と両手を上げて叫んだ、兵隊はチョコレートやチィンガムなどお菓子を寝げて去っていった。食糧配給品も日ごと多く配られ少しづつ生活にも豊かさが感じられた。トーモロコシの缶詰だったが缶切りが無く石で叩き穴が開くと汁を先に飲みさらに叩き中身を素手で食べた記憶もある。 夜が怖かった日中は道の随所に完全武装の兵士が歩哨として立っていたが、夜になると女性を求めて襲ってきた。年寄りは白布などで体を巻き、「病人だ びょうにんだ」と叫んでいて子供はゴリラのような体格をした兵隊を恐れた。若い女性4~5名は夕方には天井裏に上がり難を逃れていた。
朝には大人たち笑い話で昨夜は晴天で雨など降らなかったが天井から雨が降ってきたというはなし、天井の隅で用を足したつもりが下の部屋では壁から2~3メートル内に当たり顔にあったのだろう???(笑い話)  続く



 曾孫樹季ちゃん1歳誕生祝い 誕生祝いにパパから貰った靴
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背中のリック、靴を履いて大きなプレゼントを片手に興味を示す
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舗装紙を破り始める
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乙戸沼公園菖蒲(2017年5月28日)
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朝日新聞切抜き いちからわかる!
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6月17日「天声人語」
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# by kinkunihiro | 2019-06-17 05:05 | 家族 | Comments(0)

2019年6月16日  曾孫樹季ちゃん1歳誕生祝い   乙戸沼公園菖蒲(2017年5月28日)その25

6月15日のブログへの」アクセスは82回でした

2019年6月16日  曾孫樹季ちゃん1歳誕生祝い   乙戸沼公園菖蒲(2017年5月28日)その25を更新いたします
姉 現在アルゼンチン在住
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1945年6月13日「沖縄戦場の記憶」から
米兵に誘われて別の収容所へ移動、砂利道の県道は死体や荷物の散乱が続いていた。自分の身の回りの手荷物をぼろぼろの風呂敷で頭や肩にかけて移動する状況だったので米兵の誘導に従って、与座から隣の東風平村「志多伯部落」を通り東風平部落をへて与那原へ2時間程度の行程を終えて、300坪余りの畑に杭いを立て鉄条網で張り巡らせてあった。400~500人ほどの住民が集められ防衛隊や日本軍兵士は一人もいなかった。老人、女性そして子供だけの収容所だった。誰が探してきたか米軍の鉄兜を鍋代わりに小石を積んでかまどを造り火を起こして水とサツマイモの茎や葉をいれて煮た汁を食したのが捕虜になっての食事だった。そこで少しばかりの食糧の配給もあり生きた気分がわいた。 そこで一夜を明かした。  次へ


 曾孫樹季ちゃん1歳誕生祝い  可愛いリックサックを持って
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ママに抱っこされてご機嫌
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誕生祝にパパから貰った靴をは初めて履って両手を上げて喜ぶ
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乙戸沼公園菖蒲(2017年5月28日)
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6月16日「天声人語」
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# by kinkunihiro | 2019-06-16 05:02 | 家族 | Comments(0)

2019年6月15日  曾孫樹季ちゃん1歳誕生祝い   乙戸沼公園菖蒲(2017年5月28日)その24

6月14日のブログへのアクセスは82回でした


2019年6月15日  曾孫樹季ちゃん1歳誕生祝い   乙戸沼公園菖蒲(2017年5月28日)その24を更新いたします

母の写真 戦争では大変苦労された行為に感謝感謝の祈りを捧げている
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1945年6月13日沖縄戦場の記憶から
米兵に捕虜になってから兵隊が大勢休憩している県道に下りて、自分の仮小屋が猛烈に燃えていた。そこへ手まねきで祖母は米兵に付き添われて行った。兄も後ろから追って行き仮小屋の前で兄は防空壕に隠した品物を探そうとしたとき、祖母は燃え盛る火の中へ飛び込み自殺した。兄の話では両脇にいた米兵は銃を2発祖母へ向け撃ったという。一旦火の中で体が飛び跳ねたが静かに死に絶えた。戦前では敵兵に捕虜になることは国民の恥であり天皇陛下に申し訳ない、だから自決せよと言い続けられた。その話がデマでも世間は信じ込んでいて祖母も我々には一言も話さなかったが、自決の道を選んだと思う。そこから連行されて14名は県道を歩きながら死体や焼け残こった場所を見ながら誘われるままに皆でとぼとぼ歩いて行った。砂利道の県道には多くの死体が折り重なっていてその側を歩いったが忘れない様子は、母親が防空頭巾をかぶり帯で背中に子供を負ぶって腰には大きなジュラルミン製の弁当箱を下げた死体を戦車のキャタピラーで寸刻みにされた遺体がはっきり分かり現在でも脳裏から忘れない。残酷な戦争は絶対やってはいけないと強く思う。さらに進んで300坪くらいの畑に20-40名ほどの住民が集められていてそこへ合流させられた。周囲を見ると時間が経過してもたゆまなく爆弾が爆発し白煙が見えた。   続く


 曾孫樹季ちゃん1歳誕生祝い
ベビーチェアに座っておとなしくなった祐樹ちゃん
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誕生日のご馳走を仕分けする祖母
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珍しそうにカメラのフラッシュを気にしている
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大好きなバナナを貰って食べる様子
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  乙戸沼公園菖蒲(2017年5月28日)
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朝日新聞切抜き  いちからわかる1
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6月15ひ「てんせいじんご」
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# by kinkunihiro | 2019-06-15 06:02 | 家族 | Comments(0)

2019年6月14日  曾孫樹季ちゃん1歳誕生祝い   乙戸沼公園菖蒲(2017年5月28日)その23

6月13日のブログへのアクセスは121回でした


2019年6月14日  曾孫樹季ちゃん1歳誕生祝い   乙戸沼公園菖蒲(2017年5月28日)その23を更新いたします

70歳を過ぎた父  (今年33年忌を終えた)
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74年前の沖縄戦場から
米兵に捕虜になって一人の米兵に伴われて移動した。周囲は焼け野原になって燻り、きな臭いにおいが充満していた。
見渡す光景はジープやダッジ車両でけん引してきた大砲射撃砲が何門も並び南のほうに砲弾を発射していた。空地の茂みには爆弾と思われる木箱を投げつけ爆破し焼け残こった所には火炎放射器が火を噴いていた。ま周囲には死人や両足を切断したけが人が声にならない叫びを発していた。そこから下がった屋敷へ降りそこでは仮小屋が猛烈な勢いで燃え盛りその周囲を2~3歳の子供が「お母さん お母さん と方言のアンマー  アンマー」と泣き叫んでいた。我々にはどうする事もできず屋敷を超え砂利道の県道へ下りた。そこには疲れ果てた米軍兵士たちが草むらに銃を放り出し休んでいた。周囲には敵兵の弾薬の弾や手榴弾などが散らばっていてそれを捕虜になった茂君が拾い上げ安全ピンを抜きレバーを握った状態を私の兄がとっさにもぎ取って15mの崖け下に投げたら大きな爆音で爆発した。疲れて休んでいた兵隊が我々銃を向けていた。 続く

 曾孫樹季ちゃん1歳誕生祝い
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隣の子供は早くご馳走食べたいなー
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主役の樹季ちゃんは無邪気に紐で遊んでいた
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乙戸沼公園菖蒲(2017年5月28日)
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朝日新聞切抜き  いちからわかる!
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6月14日「天声人語」
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# by kinkunihiro | 2019-06-14 05:11 | 家族 | Comments(0)

2019年6月13日  曾孫樹季ちゃん1歳誕生祝い   乙戸沼公園菖蒲(2017年5月28日)その22

6月12日のブログへのアクセスは99回でした



2019年6月13日  曾孫樹季ちゃん1歳誕生祝い   乙戸沼公園菖蒲(2017年5月28日)その22を更新いたします

1945年6月12日の出来事(沖縄戦場体験から)
明日米軍に捕虜になる前日である。簡易防空壕で艦砲射撃や空爆から身を守るのに親戚と家族が防空壕で震えながら時間を過ごした。
5号缶詰の中身はサバあるいはイワシだったか記憶にはない・・ただ恐怖で日1日を過ごす戦場の怖さだけが思い出される。

6月13日米軍に捕虜になった日
朝明るくなり東の空は太陽の日差しが差し込んでいた。姉が外で靴音がすると云って皆も無口で黙っていた時、突然完全武装した米軍一人が簡易防空壕のトタン戸を銃剣で跳ね飛ばした。
 暗かった防空壕内に日差しが差し込み目が眩んだ、暫くして米軍は手招きで「出てこい、出てこい」と誘導した。誰も敵兵を見て殺されるのではと恐怖心が先になり誰も表に出なかった。しかし時間が流れて一人また一人出て全員15名ガ外にて、彼が最初に取った行動は「鉄の暴風」から危険を防止するために雨水をためるコンクリート製タンクの陰に誘導した。
 次に腰に下げてある水筒を取り出し飲むように差し出した。我々は毒殺されるのではと思い誰も手を出さなかった。彼は自分で水筒の水を飲んでみせ再び飲むように奨めた。恐怖で喉はからからだったので我先に水筒から水を飲んだ。       続く・・

曾孫樹季ちゃん1歳誕生祝い  テーブルの下にもぐり大人の注意を惹く
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赤ちゃん専用の椅子座らせスマホで写真を撮るママ
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パパは代用のパンを背負わせるため工夫する
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恰好だけは一升餅(代用パン)を背負うことが出来
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乙戸沼公園菖蒲(2017年5月28日)
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朝日新聞切抜き いちからわかる!
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6月13日「天声人語」
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# by kinkunihiro | 2019-06-13 05:02 | 家族 | Comments(0)