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12月31日茗溪学園学校「平和学習」感想文  ②

茗渓学園中学生徒の感想文を掲載し更新します。
インターネットから・・
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感想文続き・・
2年F組   戦争の話を聞いて
僕が、今日、金城さんから話を聞いて一番心に深く残った事は、戦争中の中での生活です。兵隊が大勢、沖縄に来て泊まるところが不足して、民家に泊まったと言う事や、家族で疎開するときに使った船が、敵国アマリカの潜水艦魚雷に攻撃され、沈没して大勢の女、子供、お年寄りたちが犠牲になった話などを聞いて、戦争の残酷さや悲惨さなど良く理解できました。今まで、戦争についての本やビデオなどである程度の事については理解していたつもりなのに、実際に話を聞くと、より一層戦争について分かりました。頭の中で想像すると、とても悲しく。もし今戦争があったら・・と考えると怖くなります。今日は、戦争について、大変理解でき、今までより戦争が怖くなりました。今も戦争がある国では戦争を止めて欲しいです。僕は、戦争の無い平和な未来を望みます。


1年D組   金城さんの講演を聞いて
先日の金城さんの講演では、戦争の過激さ、戦争によって失われたもの、戦争による人々の心などを学ばせて戴きました。DVDを観て、戦争ってこわいなあと思いました。何でこんなに過激に行われていたのだろう。とても悲しくなりました。それから金城さんのお話を聞いて当時は怖い、悲しい以上に大切な家族を失い、大切な街も失い、心細く一人で生きていた人もいたと思うと胸がズキズキと痛くなりました。金城さんのお話の中で一番印象的だったのが行けども行けども、死体がゴロゴロと転がっていたという事です。映像でも残酷な写真が数体目に入っただけで目を伏せてしまいそうだったのに、それが現実に何千体もの死体が転がっていると思うと、残酷すぎて言葉に出来ません。戦争体験された方のお話を聞く機会が殆ど無いので貴重な経験になりました。このように辛く過激な戦争をやらなくてはいけなかったのかなど、まだまだ学ばなければいけないことが沢山あると思います。


  平和講演を聞いて
今日の3時間目は平和講演でした。この講演では70代の方にいらしてもらって、戦争のDVDやその方の戦争中の体験などを聞かせていただきました。そのDVDは時間の都合上、途中までしか観れませんでしたが、戦争の激しさというものを改めて感じました。このDVDで激しく残酷だと思ったのは日本やアメリカの戦闘兵器の迫力です。鉄砲、ミサイル、戦車、地雷、爆弾、戦闘機、手榴弾、などを血眼になりながら、敵を殺すために使っていると言うところです。死体がそこらじゅうに転がっているのに踏み潰しながら走り回っている兵隊の心のうちには「国のため」という思いしかありません。なぜなら、この様な国が一番と言う教育をされていたからです。この講演に来てくれた方が語ってくれました。この時代の教育の中には女、子供、老人は、敵の捕虜になることは国民の恥だと教えられ手榴弾が配られ、自決するのが義務でした。


今回は私たちに貴重な戦争体験のお話をして戴きありがとうございました。戦争が終わってから60年以上たつ今も戦争の残酷さや悲しみを伝えてくれる金城さんはとても私たちにとっては貴重な方であり、尊敬しなければいけません。金城さんは子供頃、町中にある死体を見たと言っていましたが、最初は全然想像が出来ませんでした。なぜなら死体を見たことが無いからです。しかしDVDや金城さん詳しい話を聞くうちにどれだけ、残酷な死なせかたで人を軽々と殺してきたのかが分かりました。僕ならそんなのは耐えられなくて精神的に可笑しくなってしまうと思います。私たちがお話を聞いて、辛かったんだろうなあとか、大変だろうなあ、で終わらせるのではなく、これは必ず下の世代の人にも伝えなければいけないと思いました。金城さん、これからも頑張ってください。ありがとうございました。


2年A組  講演会を聞いて
戦争は怖いもの、その怖さが今回もっと身近に感じられました。戦争に実際に巻き込まれてしまった金城さんのお話は、すごく生々しく感じられました。普段は聞くことが出来ないような、戦争中にあった辛い出来事はとても信じがたく、そして、今までの私たちにとっては知りえない事でした。爆撃によって直接死んだのではなく、死んだほうが楽だと言う思いで自殺してしまった人がいたと言うのは初耳でした。民家の中に兵隊が居住するというのも驚きでした。現代の人たちは、住みにくいだとか嫌だとか、その様な事しか言わないと思います。戦争中はどれほどの国民の我慢があったのかと考えると、戦争に負けたことはもっと悔まれることでしょう。今では戦争を体験した人の中で生きている人は少なくなっていると思います。しかし、お話を聞いた私たちが後世に伝えてゆくしかありません。本当にありがとうございました。



2年金城さんへ

先日は、お忙しい中、僕たち茗渓学園中学生のために、貴重なお話をして頂きまして、どうもありがとうございました。僕にとって戦争と言うものは、映画やテレビで、ゲームの中のお話としか考えられません。ましてや、それで、自分の周りで、自分の家族や知人を失ってしまうかもしれない事など、とても想像が出来ません。もしも、現実に身近で戦争が起きましたら、どうなるのか、考えた事もありませんでした。でも、今回お話を聞いて、これからも何時起こるかもしれないし、そして起こしてはいけないものだと思いました。こんな悲劇な事が2度と起こらない様に、戦争が日本でもあって沢山の人が死んだり、苦しんだりした事を、僕が大人になっても伝えられるようになりたいと思います。本当にありがとうございました。


3年A組     
金城さん、今日はお話して頂きありがとうございました。金城さんのお話は、いつ、どこで、なにがあったのかがはっきりと分かり、更に、金城さん自身の身に起きた恐ろしいエピソードも聞くことができ、戦争の悲惨さを改めて認識し、沖縄が今でもアメリカ軍に使われていることは知っていましたが、何かあって、そこを、金城さんの話の中で理解できました。僕は、金城さんのお話の中でも、金城さんの身に起きたエピソードのほうに興味を持ちました。まず、兵隊が家に住むというエピソードで、おそらく安息の地であったろう空間を踏み荒らされることは辛かったでしょう。さらに、それが戦争中だとすると、恐怖はとてもよく伝わってきました。次に道の死体のエピソードで、僕は、戦争中の死体の数はもっと少ないと思っていました。ですが、金城さんのお話では、足の踏み場も無いほどに死体があり、それを踏むということから衛生上でも悪い空間だったのかと思いました。金城さんのお話を聞いて、戦争はやってはいけないことだと改めて認識しました。このお話を聞いた者して、後世に伝えていきたいと思いました。



3年A組   私は、今日の講演会で戦争の恐ろしさを感じました。過去に本などで読んだ戦争の話とは全く違う現実的な体験談で、旨く言葉に出来ない感情が湧いて来ました。金城さんの話で最初に驚いたのは昔の日本の軍国教育ぶりです。敵国に捕まるくらいであれば、死んだほうがましであるという考えと、自分を殺すが為に持たされた手榴弾の話を聞いて本当に日本の話かと思ってしまいました。各家庭に軍隊を置いていたという、私には想像できず、これが同じ様に日本か?と思う程でした。 そして、何より、最も私が衝撃を受けた話は死体の山に足を踏み入れると埋まり、抜くと大量の蛆が付着していたという話です。聞いている間に鳥肌が立ち、今でもこの話が頭から離れません。自分の目の前で爆弾が落ち、人の死を目の当たりにし、更にその後の死体の山の話となると心が重くなりました。今となっては平和の国と云われる日本ですが、今、生きている人からの体験を聞くと数十年前との極端な違いを感じます。戦争を体験していない 私にはどうしたって体験した人と同じになれませんが、戦争の恐怖を知れば知るほど戦争は起きるべきでないという感情が強くなるのは確かです。今回を機に現在戦争をしている国や戦争が起こる理由、メリットとデメリットについて調べてみようと思いました。貴重な体験談を話してくださり、本当にありがとうございました。




3年B    今回は、まさか沖縄本土戦を体験したお方からお話を聞けるとは思ってもいませんでした。今年の夏休みの宿題で僕はおばあちゃんの戦争体験について調べました。おばあちゃんは、学徒動員を経験しましたが、かなり豊かな生活を送っていました。授業中や家のテレビでも戦争についての番組はいろいろ観ましたが、原爆などの話が殆どで、沖縄本土戦の話など今まで聞いたことがありませんでした。初めに見せて頂いたDVDの冒頭で「これはゲームの話しじゃないよ。本当の戦争の話だよ」というおばあさんの語りを聞いたり、亡くなった沖縄の人の写真が写ったりして、地上戦というのがどんなに恐ろしい物かが伝わりました。沖縄は確かに日本や周りの国々を攻略する上でなり需要な位置にあるため、アメリカに狙われるのも割けられない事だったのではないかなあと思いました。しかし、それにしても沖縄に敵が上陸しているのに全員に手榴弾を配り、これで死ねと云った日本軍は最低です。毎日のようにアメリカ兵に狙われ、ミサイルや爆弾が飛んできて生と死の狭間に逃げ回っていた沖縄の人たちの気持ちが日本軍の人たちなんかに分かるわけがないです。よっぽど捕虜に水をくれるアメリカ兵の方が立派だと思います。今回は、金城さんのお話をここまでしか聞くことが出来ませんでしたが、それでも自分の住んでいた場所が、戦場になり生と死をさまよう苦しさ、戦争の愚かさが身に沁みました。又、ぜひ機会があったら、その後の収容所生活など、僕の聞いた事の無い沖縄戦の真実についてお話を聞けたら光栄です。とてつもなく恐ろしい体験を僕たちに語って頂き、ありがとうございました。これが真実だと言うことをもっと沢山の人に知ってもらい、この世界から憎しみを生むだけの戦争が無くなる事を願います。


3年B組    沖縄で戦争経験した金城さんが、沖縄を日本の捨石と表現していて、また、現在も米軍基地などの問題で同じ様な状況だとおしゃっているのを聞いて、沖縄のニユースにもっと興味を持とうと思いました。又、対戦中に亡くなった8割が餓死、病死によるものと知り、ビックリしました。戦争は爆弾だけでなく、その他、様々な間接的な災害、被害があるのだと分かりました。もう一つ私にショックを与えたのは死体の話でした。今は、映画などでは惨い場面は15歳以上などされていますが、それ以上に酷く、無残な事が実際に起こっていたということも、多くの人々に知ってもらいたいと思います。そのような事をしたアメリカも許した状況に日本を変えてしまった日本政府も、軍、一体何を考えていたのだろう。しかし、その中でも人間性を保って敵国の国民に水を揚げるような方もいると聞いて、とても複雑な気持ちになりました。少し安心した反面、なぜ、全ての人がその様な民族が違っても全く同じ人間だということを理解してくれないのか、とても悲しいです。今日は、この様に戦争体験談を聞けてよかったと思います。多くの人々が、多くの違う体験をしているのだから私は、なるだけ沢山の人々のお話を聴いて、後世にもしっかり伝えていきたいです。


3年C組  戦争体験講和を聞いて
今日は貴重な戦争体験をお話いただき、ありがとうございました。最近では、研修旅行で広島を訪れる事もあり、皆、戦争への意識が普段よりも高くなっています。私は、アメリカが最初に沖縄を攻撃した事について上手く地形を利用しているのだな。少し驚いてしまいました。そして、手榴弾を手渡されたら、これで死ね。という意味であったと聞き、捕虜になる事は今となっては決して恥ずかしい事ではないのに、と悲しくなりました。金城さんは、お話のはじめに「これからの世界平和を求める使命だと思いを語る」とおっしゃていましたが、私たちも金城さんと思いを同じように持ち、これからも戦争の無い平和な世界を目指して行きたいと思います。

海戦の日本の敗戦が原因なのかなと思いました。終戦するのがあと少しでも早かったら、助かった命がたくさんあったのかなと思いました。実際に戦争を体験した金城さんのお話や講演を聞くのは、これからの世界平和を求めるものとしての使命だという金城さんの心構えに感動しました。それを後世に伝えて
いくのが私たちの使命だと思います。



3年D組    戦争体験を聞いて
ぼくはビデオ「沖縄戦の証言」や金城さんの話を聞き戦争の怖さも分かりました。疎開船「対馬丸」がアメリカ潜水艦からの魚雷攻撃受け、775名の戦死者を知り、沖縄の人がたくさん殺されてしまいました。沖縄は他国を侵略するにあたり、位置的に好都合で、アメリカから「アイスバーグ作戦」で狙われたことが分かりました。僕は今まで、なぜ沖縄が狙われてしまったのだろうと思っていたけど、今日の話を聞いて知る事が出来てよかったです。過去の日本は。敵の捕虜になるなら死んだほうが良いと言う考えや沖縄は日本の捨て石にされたり、よくない考えがあったので、これからの世代の子供たちには間違っていることもしっかり理解してもらいと思います。沖縄戦争では雨のような空襲で約68万発、島民一人当たり50発計算で空襲を受けました。死体の山が石ころの様に転がっていたと聞きました。今回聞いた話を忘れることなく伝えていきたいと思いました。戦争は辛く、良くない事だと知った自分たちはこのような戦争を繰り返してはいけないと思いました。今日はたくさんのことを聞かせて貰いました。本当にありがとうございました。



3年D組   ♪戦争体嫌の講演をきて♪
私は今日の講演を聞いて、驚きの連続でした。今でも終わらない米軍基地の問題も含め、沖縄ではとても酷い被害を受けていた事を改めて知り、心が痛くなりました。聞くだけであっても戦争の恐ろしさを感じられました。けれども、その場にいた人々は、私が感じた恐ろしさの何倍もあったと思います。被害者の何十分の一も助からず、その残りの人々は命を落としました。雨のように降ってくる焼夷弾は沖縄を火の海に変えていきました。辺りは石ころの様に転がっている死体だけになり、それを直接見た人は心に大きな傷を負うことになったと思います。昔の日本軍は、なぜ国のために戦い、死ぬことが当然だと考えたのでしょうか。その考えに反対だった人はいくらでもいたと思います。私は、「国の為に死ぬ」という考えに驚きました。もう一つ、住民は兵隊と一緒に住むという義務があったことに驚きました。本や教科書では学ぶことの出来ない貴重な1時間でした。戦争は2度と繰り返してはならないということ、また、その恐ろしさを、同じ日本人としてもっと知ってもらいたいです。



3年E組     
今日、金城さんのお話を聞いて、つくづく戦争とは残酷で酷いものだなと思いました。僕達が見たビデオではたくさんの死体が出てきました。しかし、金城さん曰く、こんなものではないそうです。死体が石ころの様に転がっているだなんて現代社会ではありえない状況だと思いました。アメリカ軍が沖縄の慶良間諸島に上陸したなどの地上戦が始まると、沖縄の人たちは追い込まれ自殺をしていきます。ただ僕は島民に手榴弾を渡すと言う遣り方が可笑しいと思いました。これでは、国が国民に「死ね!」と言ってるのと同じだと思います。やっぱりこの時の日本の考え方には僕は反対です。苦しむのは絶対に国民ですから。金城さんは17年前にも茗渓に来たという。僕はそれだけ前から戦争についてお話して、さらに戦争についても後世に伝えてゆきたいだと思いました。僕はその熱意がとても伝わってきました。これから何十年何百年たったとしても、戦争の残酷さを伝えていきたいです。そして、“戦争”という言葉自体がなくなって欲しいと思います。


3年E組  
私は、金城さんのお話を聞いて、戦争の残酷さを改めて痛感しました。金城さんは、はじめに「これからの世界平和を願う一人として語っていく」。それを使命だと話してくださいました。その後の金城さんのお話は私の想像を上回るほど衝撃的で残酷な現実で思わず耳をふさぎたくなるようなものでした。けれど、それが現実で今、そしてこれからの未来を担うわしたちが知らなければならない真実です。DVD]の途中、怖くて何度も目を背けたくなりました。私は絶対に逃げません。多くの尊い命を奪ったこの戦争を絶対に忘れません。私には死体が道端にたくさんあり、手榴弾を渡され、兵隊と一緒に暮らし、いつ死ぬか分からない死の恐怖を常に感じる生活など耐えられません。想像するしか出来ませんが、そんな私でも出来ることはあります。それは、戦争を何時までも忘れず、後世に伝え続け同じ悲劇を2度と繰り返さないこと。誰もが幸せである世界をつくること。まだ、これは理想でしかないけれど、一歩ずつ実現に向けて私が出来ることをやっていきたいと思います。今回の金城さんのお話はその一歩になりました。お忙しい中、わたくしたち茗渓生のために、貴重なお話を聞かしてくださって、本当にありがとうございました。私たち若い世代はもう2度と戦争を繰り返さないことを絶対に約束します。そして、これからの世界平和を願う一人として未来の人々に伝えていきたいと思います。



3年C組     戦争体験者の方のお話をきて
僕は、今回、金城さんの戦争体験を聞いて、新たに知った。過去の現実が幾つかありました。一つ目は、沖縄戦のとき宿舎に入りきれない日本兵を各家庭でホームスティのように受け入れなければならなかったということです。しかも、このことが法律で定めだれていたという事にも驚かされました。もし僕の家に兵隊が泊まりに来たら、落ちつける時間がなくて嫌だなんて思うどころか耐えられななかったと思います。二つ目は、町中に死体があふれ、そして爆弾の破片が飛び交っていたということです。僕は、今まで、歴史の漫画などを読んで死体はしっかり遺骨を埋める所までしっかりやっていると思っていました。今回、金城さんのお話を聞いてその時は死体を埋葬する余裕すらなかったと知り、戦争と言うのは人々の人間として最低限のことすら出来ない様にしてしまうのだと思いました。そして、爆弾の破片が飛び交っていたということには、聞いているだけの僕たちにすら恐怖心というものが、頭をよぎりました。今回、この“過去の現実”を聞いて、これからを生きる人間として違うことが二つあります。一つ目は。2度と戦争をしないと言うここです。二つ目は、この“過去の現実”を必ず後世に伝えていくということです。今後この二つを心に誓って生活して生きたいです。



朝日新聞切り抜き   ニユースが分からん
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「声」欄から・・
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誕生日の葉
《 12月31日の誕生花と花言葉 》
ゆず  健康美
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学名:Citrus junos
 花期:春
 実の表面は凸凹が多い。鍋物や吸い物の香り付けにちょっと取り合わせるとよい香りが食欲をそそります。
 冬至の日はカボチャを食べて柚子湯に入る。いいですね~

by kinkunihiro | 2012-12-31 10:00 | 戦場体験談講和 | Comments(0)

12月30日茗溪学園学校「平和学習」感想文  ①

11月12日、茗渓学園中学校1~3年生が平和学習の一環で、「沖縄戦場体験談」講和を実施した。
その時の感想文が教頭先生を通して原稿文を封書で頂いた。
有難く、読ませて頂きワープロに転記させてもらい、小生のブログへ掲載させていただきます。
資料が多数のため、区分して何回かに分けて掲載し、更新いたします。

茗渓学園中・高校航空写真
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3年F組    
今回の講演会を通して僕はいままで広島と長崎に落とされた原爆については学んできたつもりだけど、沖縄戦争のことについては知らないことが多く大変ためになるお話でした。沖縄では、「兵隊の命令は天皇の命令」という感じだったと聞きました。そのせいで大好きな家族を失ったりした人がたくさんいたと聴きました。また、沖縄戦争で犠牲になった人がたくさんいたと聞いたときも心が痛くなりました。長い間たくさんアメリカ軍隊や兵器などによって苦しめられていたことも知り、戦争をやる意味って何だっただろうと感じました。人の自由を奪うまでしなければならない、そんな戦争をなぜしなければならなかたのだろうと、とても感じました。僕は沖縄戦争のことも知ることが出来て、良かったと思いました。戦後70年近くたった今、こうやって話を伺うことが出来るのはとても貴重な経験であり、大切な時間でした。僕たちがお話を聞いたように、今後の下の世代の人たちにも伝えていく義務のようなものがあると思いました。本当に貴重なお話ありがとうございました。


1年A組   戦争体験の話をきいて
私たちは、昨年、「東日本大震災」という未曾有の災害に直面しました。地震の時の恐怖は、今でも忘れません。しかし、戦争は、それ以上の恐怖、悲しみがあったんだな、と思いました。集団自決の強要、あちこちに散らばった死体、児童が乗った疎開船(対馬丸)へのアメリカ潜水艦からの攻撃、無残で残酷な耳を疑ってしまうような事実をはじめて知りました。今、平和な国である日本で生まれた私たちは、この平和を後世にわたって維持していくと共に、この悲劇を「過去の出来事」とせず、伝えていくことが大事だと思いました。今回、戦争体験という貴重なお話を聞かせていただき、本当に良かったと思いました。



1年A組    
きんじょうさんへ
アメリカの捕虜になるぐらいなら、自殺すると言うのは、すごい教育を受けていたんだなと思った。でも、それが普通で軍の命令は絶対だと教えられて可哀そうだと思った。私たちと同じぐらいの子や、もっと小さな子が家族や友達など大事な人をいっぱい失って、戦争は悪いと改めて思った。こんなに悪いコトばっかりなのにどうして戦争をしたのか、どうしてこんなにたくさんの死者がでる前に止められなっかたのか疑問に思った。今日は私たちのためにお話してくださってありがとうございます。今まで本当に戦争の被害にあった人の話は聞いたことがなかったので、とても為になりました。これからも戦争の怖さを伝えていかなければならないと分かりました。本当にありがとうございました。



1年B組  戦争の話を聞いて・・
今日、戦争の話を聞いてぼくは、戦争と言う残酷な事をやるのだろうかと思いました。戦争と言うものには、金や軍隊の人、そしてとても長い時間が必要になり、勝ち、負けに関係なく、多くの犠牲者が出てしまうと思います。どうして、利益のない戦争をするのかと改めて感じました。昔の人たちに戦争をやって欲しくなかったと思いました。僕は、今日、「この戦争」あってはならない出来事を感じた気がしました。戦争を体験した人から聞くことで、より「戦争」という物が怖く卑劣な物だと実感しました。僕は、今日聞いた話を胸に秘めて、これからもっと楽しく生きてこうと思いました。この事を気づかせてくれた、74歳のおじいちゃんに感謝したいです。



1年B組     戦争について考えて
私は、(平成24年11月12日に学校で)、沖縄で当時6歳で第二次世界大戦を沖縄で体験した金城さんから体験談を聞きました。沖縄戦は、私が思っていた以上に凄いもので、犠牲者も多く出ていたので、とても驚きました。見せて貰ったビデオも、とても残酷なもので、今、平和な日本でこのような事が起きたとは信じられません。金城さんのお話の中で、一番印象に残った事は人間の死体が石ころのように転がっていたと言う事です。地面に転がっている石ころのように死体が転がっていると言う事、想像する事が出来ませんでした。私は、今日金城さんの戦争についての体験談を聞くことで、戦争について改めて考えることが出来、今の時代がとても平和だと言う事が良く分かりました。 


1年C組   
今回のお話を聞いて、今までなんとなく覚えていくだけであって、リアルに感じていくような事がなかったのですが、本当の出来事やビデオ写真を観ることよって、戦争の様子がリアルに伝わってきました。話の内容の中でとても驚いた事は、道に普通に死体が転がっていて、それを除けながら道を通るということです。一体だけ死体を見るだけでも恐ろしいのに、道に大勢の人が死体となっている事は、想像が出来ません。さらに毎日多くの死体を 見ていたことは体験者から聞いて本当だったと思いました。今回の話を聞いて戦争とはどんなに酷い事だったか分かりました。それなのに、現在世界で起きている戦争を「他国ことでもしっかりと考えなくては」という考え方に今回の話を聞く事によって変わりました。今回は貴重なお話を聞かせていただきありがとうございました。

1年C組    
今日はお忙しい中、来てくださってありがとうございました。私たちは実際に戦争体験している方にお話をお聞きすることは無く、貴重な体験となりました。日本軍の兵隊が自分の家に来て、同居していたと聞いてお驚きました。食料がなく大変だったと思います。この様な戦争は絶対あってはいけないと思いました。これからの未来を担う私たちは、平和をこれからの世代に訴えてゆきます。戦争と言う大きな過ちをこれから起こさないようにしていきます。今、皆が平和で幸せに暮らしている事は、戦争で犠牲になった人々がいたのだと、肝に銘じて生きたいと思います。ほんとうにありがとうございました。


1年D組   
11月12日の集会で金城さんから戦争の話を聞きました。当時、金城さんはなんと6歳でした。一番驚いたことは、道を歩く時は死体を除けながら歩かなければならない、と言うことでした。道が埋め尽くされる程の死体が転がっている所を歩くなんて想像も出来ません。後、亡くなった人の8割が銃などで殺されたのではなく、餓死や病気で亡くなった人だったという事です。この事を知りとっても悲しくなりました。僕は、今回、金城さんから話が聞けてよかったと思います。やはり、戦争を体験した数少ない一人でもありますし、あまり観ないDVD動画も観れました。この事で戦争の深刻さを身に沁みて感じました。このことを参考に戦争のことを調べて見たいと思います。



1年B組  
私は、戦争の資料は見たことがありましたが、実際に体験した人の話を聞くのは初めてでしたので、金城さんの話とビデオはすごく怖かったです。戦地には多くの人が死んでいて、目の前の人が死んでしまう処を何度も見たそうです。水を飲もうとした人が、爆弾の破片でわき腹を抉られたり、燃え盛る小屋に祖母が飛び込み焼身自殺したり、防空壕の中の人がアメリカ兵によって殺されたり、多くの死を見てきたそうです。でも、何故このような希望の光も見えないような時に、金城さんが生きてこられたのか不思議でした。人と人が殺しあう、国が違うだけなのに、とても可笑しい事だと思います。今回の金城さんの話はとても為になりました。又、この様なことが起こらないように、語り継いでいかなければ、いけない事だと改めて強く思いました。



戦争体験を聞いて
僕は、今日、金城さんの戦争体験談を聞いて思ったことが幾つかあります。1番目に、思ったことは、一般人の死亡理由が外傷によるものではなく、病気や餓死による死亡が多いと言うところにビックしました。戦争は、戦いに行った兵士だけではなく、食料供給が不足して関係の無い人たちも死んでしまうので、戦争はしてはならないと思いました。2番目は、戦争の悲しさや酷い事を話していただいて、僕たちには貴重な体験でした。僕たちも、今日聞いた話を基にして、次の世代に繋げていき、戦争がなくなるようにしたいと思います。今日は誠にありがとうございました。



1年E組   金城さんへ
今日は、わざわざ茗渓学園に来て、戦争について話して頂きありがとうございました。小学校高学年の頃、沖縄戦争について勉強しました。ですが、それはとても軽く勉強しただけで、詳しくは分かりませんでした。争った時、沖縄にいた人たちはどのような思いで、そこにいたのか。私は様々な疑問を持っていました。戦争体験談を聞けてとても嬉しかったです。私が金城さんの話を聞いて、学んだことは沢山ありました。それを一つに纏めると、やはり戦争はあってはいけないものだと思いました。戦争というものは、誰もが恐れるものであり、戦ったら亡くなる人が多くでる。だからもう二度とその様なことが起きてほしくないと思いました。とても勉強になりました。貴重な体験談をありがとうございました。



1年C組   
先日は、きちょうな戦争体験談をお話してくださりありがとうございました。私は、もちろんのこと、私の周りの親戚にも戦争を体験した人はいません。私は今回、戦争の話を聞けてとても嬉しかったです。お話を聞いて改めて戦争の恐ろしさを知りました。 
私は、実際に戦争を体験していないので、どれくらい怖いのか正直分かりません。今回のお話を聞いただけでもその怖さを感じる事が出来ました。日本では戦争はありませんが、世界ではまだ戦争を遣っています。その戦争が早く終わって欲しいと思いました。本日は貴重な時間を私たちの為にお話戴きありがとうございました。



2年B組   金城さんのお話を聞いて
生まれた時から今まで何不自由しなで生きた私たちにとって、今回の講演はとても考えさせれる機会となりました。この講演で一番学んだ事は「決して日本が、世界が2度と戦争と言う過ちを起こさないこと」です。小さい頃から戦争はいけいというのは知っていました。しかし、それが何故なのか、私はずっと疑問に思っていました。けれど、この講演で何故だったか分かった気がします。私が戦争を分かった事は、戦争をしても得るものなんて何も無く、ただ自国の為と言いながら無駄死にする国民を増やしてしまうだけ、という事です。弱肉強食の世界になっても人々が楽しく生活できると思いません。だから、私達若者はこれからの日本や世界に絶対に戦争が存在しないように戦争の悲しみをあらゆる人に伝えなければならないと思います。平和の為に、戦争で亡くなった人々の為に。


2年B組   平和教育を終えて
僕は戦争を体験していないので、あまり戦争の事は知りませんでした。でも今日、金城さんのお話を聞いて少しだけ戦争のことを知ることが出来ました。金城さんの体験談は全て耳を疑う事でビックリしました。例えば軍が皆に手榴弾を配っていたという事がありました。僕はそんな事は聞いたことが無かったので、興味が湧いてきました。次に疑問に思った事は戦争で死んだ人の死体がそこらじゅうに転がっていたという事です。何で死体を埋めてあげたりしなかったのかなあと思いました。今日、学んだ事をいかして、2度と戦争が起きないよう、未来に伝えていきたいと、僕は思うことが出来ました。この様な、お話を聞かせて頂いて、本当に良かったと思いました。




2年F組    感想
今日は、すごく戦争の怖さを知りました。すごく残酷で許される事は、絶対に無い様なことばかりで、今も起きている戦争を今、すぐに止めなければいけないと思います。昔の日本は天皇中心で軍部が政権を握っていて、アメリカ軍に捕まったら自殺しなくちゃいけないなんて、すごく酷いことだと思う。でも、アメリカ兵の中にもすごく優しくて勇敢な人もいて、水筒の水をくれるなんて本当に有難い事だと思いました。回りの防空壕では火炎放射器で火を放たれたり、しかし、その反面殺したりせず、水を与えてくれる兵隊もいたと言う。講演会初めに「黙祷」は戦争で犠牲になった物故、去年東日本大震災で犠牲者に1分間の黙祷を捧げましたが、どいう心境ですればいいのかすごく迷いました。感謝の気持ちなのか、残念な気持ちなのか分かりませんでした。今、戦争が起きないようにこれからも色な人に知って欲しいと思います。



朝日新聞切り抜き ニユ-スが分からん
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ホストファミリーになる    3
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誕生日の葉
《 12月30日の誕生花と花言葉 》
やぶこうじ 明日の幸福
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学名:Ardisia japonica
 別名:ジュウリョウ(十両)
 花期:夏
 山地の林の下などに群生している,高さ 10 ~ 20 センチの常緑低木です。花は数個つき,秋に赤く熟します。
 正月用の寄せ植えの材料として使われることも多いようです。様子はマンリョウ(万両)に似ていますが,大きさや実の数を見れば明らかに区別できます

by kinkunihiro | 2012-12-30 17:10 | 戦場体験談講和 | Comments(0)

12月29日 ライオンズクラブ移動例会 2

ライオンズクラブ移動例会から更新

移動例会から仲居さんへアプローチ・
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カラオケに仲居さんを誘う・・
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おかめの面を被った余興も飛び出す
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仲居さんと楽しくカラオケでを楽しむ
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おかめと一緒に手踊り・・
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お酒に飲まれたご様子・・大変失礼いたしました
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朝日新聞切り抜き  ニユースが分からん
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「声」欄から
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誕生日の半
《 12月29日の誕生花と花言葉 》
なんてん 私の愛は増すばかり
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学名:Nandina domestica
 花期:初夏
 実期:秋~冬
 ナンテン(南天)は不浄を清めるということで,お手洗いの外に植えてあったりします。また,料理の飾りに南天の葉をあしらったり,ナンテンの箸というのも食あたりを防ぎ,長寿を祈願するということで好まれるようです。
 実は真っ赤で,雪兎を作ったときの目に埋め込みました。もちろん,耳はナンテンの

by kinkunihiro | 2012-12-29 10:00 | ライオンズ・クラブ | Comments(0)

12月28日   ライオンズクラブ移動例会

ライオンズクラブ移動例会から更新
男子同士のダンス
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カラオケで熱唱・・
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会長と幹事の挨拶
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カラオケマイクを握り締めて・・
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朝日新聞切り抜き   ニユースが分からん
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誕生日の花
《 12月28日の誕生花と花言葉 》
くわい  縁起がよい
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学名:Sagittaria trifolia var. edulis
 芋は食用になります。正月のお節料理に入っているかな?何度か食べましたが,ちょっと苦みがあって,あまり好きになれませんでした。

by kinkunihiro | 2012-12-28 10:00 | ライオンズ・クラブ | Comments(0)

12月27日  ライオンズクラブ チャリティーカラオケ大会

ライオンズクラブ チャリティー カラオケ大会つくば市ノバホールからつくば近郊からカラオケ愛好者が大勢参加された。
選曲を歌い上げる参加者
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誕生義の花
《 12月27日の誕生花と花言葉 》
やつで 分別
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学名:Fatsia japonica
 別名:テングノハウチワ(天狗の葉団扇)
 花期:冬
 名前の通り,大きく裂けた葉が特徴です。天狗の持っている葉団扇はヤツデですね。初冬に白い球状に集まった花をつけます。熟すと黒い実になります。これが落ちて繁殖します。日陰を好むようで

by kinkunihiro | 2012-12-27 10:00 | ライオンズ・クラブ | Comments(0)

12月26日   ライオンズクラブ 

ライオンズクラブ キャビネット大会常陸太田市で開催
常陸太田市公民会館
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少年野球大会小学校でのチャリティー大会
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朝日新聞   ニユースが分からん
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誕生日の花
《 12月26日の誕生花と花言葉 》
せんりょう  富貴
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学名:Sarcandra glabra
 花期:夏
 マンリョウ(万両)と並んで,冬,特にお正月の生け花や寄せ植えなどによく使われます。常緑低木で冬でも葉が青々しているのと,赤い実が暖かみを感じさせるからでしょうか。
 センリョウはセンリョウ科,マンリョウはヤブコウジ科に属します。実のつき方が違うので区別は容易です。

by kinkunihiro | 2012-12-26 15:00 | ライオンズ・クラブ | Comments(0)

12月25日  乙戸沼公園に白鳥飛来 

今年も公園へ白鳥が飛来した。例年と時期はほぼ同じである。気温も-3度になって、水道水も凍った。
乙戸沼公園に白鳥飛来
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朝日新聞から ニユースが分からん
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誕生日の花
《 12月25日の誕生花と花言葉 》
ホーリー  先見
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学名:Ocimum basilicum 'Holy'
 インド,ヨーロッパ原産の一年草です。
 神経障害,リュウマチに効果があるそうです。葉からの抽出液は香水に使われる他,ソーセージ,チーズ,スパゲッティー,特にトマトとの相性がよいなど,料理にも使われるそうです。クローブのような強い香りを持ち,ヒンズー教では聖なるハーブとされているそうです。

by kinkunihiro | 2012-12-25 14:57 | Comments(0)

12月24日  クリスマス・イブ

24日、快晴のクリスマス・イブである。テレビやラジオからホワイト・クリスマスソングが流れ、高齢者でも気分が高揚する。ショートケーキを買って、骨付き鳥ももをテーブルに並べて、パーティーで健康を祝う。
テーブルに並ぶご馳走・
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朝日新聞から 安全運転で行こう 3 
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誕生日の花
《 12月24日の誕生花と花言葉 》
やどりぎ  征服
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 学名:Viscum album var. rubro-aurantiacum form. lutescens
 別名:ホヤ,トビヅタ(飛び蔦)
 花期:冬
 ケヤキやブナなどの落葉樹の大木に寄生します。宿主の幹に楔型に根を食い込ませて栄養や水分を横取りします。
 こんもりと丸くなり,常緑なので,冬に宿主の木の葉が落ちたときに遠くからでも目立ちます。

by kinkunihiro | 2012-12-24 15:24 | Comments(0)

12月23日  ライオンズクラブ主催カラオケ大会

来年度のカレンダー「東日本旅客鉄道㈱」の歳暮から
東京駅 新装オープンした丸の内駅舎
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つくば市ノバホールでのチャリティーカラオケ大会
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朝日新聞から 平成24年度10大ニユース 
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天皇陛下79歳誕生日
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朝日新聞「声」欄から
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誕生日の花
《 12月23日の誕生花と花言葉 》
オリーブ 平和
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学名:Olea europaea
 花期:初夏
 オリーブは香川県の県木であり県花です。地中海気候に似ている瀬戸内海に浮かぶ小豆島は日本におけるオリーブ栽培の発祥地で,たくさんのオリーブ園があります。
 オリーブは,食用,薬用として広く利用されており,人間との付き合いは長いようです。ノアの箱船に乗せられたハトがオリーブの枝をくわえて戻ってきたので洪水が治まったことを知ったというお話もありましたね(平和と希望のシンボル)。ポパイの恋人の名前がオリーブ・オイルというのを知っているのは 1950 年代くらいまでに生まれた人たちでしょうね(ほうれん草とオリーブオイルは,相性がよいのだそうな)。
 花は初夏だそうです。この写真を撮ったのはお盆で帰省したときで,まだ青い実がなっていました。

by kinkunihiro | 2012-12-23 15:54 | ライオンズ・クラブ | Comments(0)

12月22日 JR労組員との忘年会 Hpプリンター購入  2回目

忘年会の続きで更新します。
居酒屋「鳥吉」
おいしそうな酒の肴に手を伸ばす
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同僚のの話に耳を傾ける?
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派手な服装でご満悦!
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カメラに向かって笑顔が・・
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前執行委員長に徳利を傾ける現執行委員長・・
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朝日新聞  「声」から
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誕生日の花

《 12月22日の誕生花と花言葉 》
セントポーリア 深窓の美女
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学名:Saintpaulia(イワタバコ科セントポーリア属の総称)
 和名:アフリカスミレ(アフリカ菫)
 一応,春の項に登録しましたが,四季咲きです。和名は「アフリカスミレ(アフリカ菫)」ですが,いわゆる菫とは違います。ビロードのような毛の生えた丸い葉が特徴で,この葉を葉柄から切り取り挿し木をしておくと繁殖することができます。


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by kinkunihiro | 2012-12-22 10:00 | イベント情報 | Comments(0)